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2012年 01月 29日
![]() 夜の墓地は誰もが苦手だろう。 メキシコとかだったら違うのかも知れないけど、日本でのイメージはよくない。 先祖から続く、じっとりほの暗い場所。墓地だけでなく、どこか異次元につながってるような、禍々しい雰囲気を感じる、そんな空間が日本にはまだまだ、あちこちぽっかり開いているように思う。 一作目の『おみちゆき』。 村が寝静まったころ、集落の家々が持ち回りで、ある人物のお墓に向かう。 母親が夜な夜な支度を始め出した征夫は、母が帰って来るまで寝付けそうにもない。 そしておみちゆきに行く母について行くことにする。 知りたくない でも 知りたい その狭間で揺れていた征夫が後に見たものとは? 出てくる場所は日本だけれど、これと言って場所の特定は無くとも、なぜか既視感があるような、昔に訪れたことがあるような、そんな土地が次々と現れる。 読んでいて思い出すのが夏目漱石の『夢十夜』。 漱石の話では背中におぶった子はだんだん重くなり、背負う父を責めるけれど、しかし角田さんのほうでは、どちらが良いも悪いも無い。さらにはどちら側という境界線も無い。 その描き方が独特で、読んでいると不思議な感覚に襲われる。 はて、読んでいるのは現在の話だったか、過去の回想だったか? そもそも読んでいる「私」はいったいどこを生きているんだっけ? 知るのは怖いが、どうしても足がそちらに向いてしまう。 その「どうして」が描かれている。怖くてせつない物語。 2012年 01月 14日
![]() 美女に生まれてきたら、悩みとかコンプレックスなんてないんじゃないか? というのは美女じゃない人の考えらしい。 美人専用悩み相談サイト『嘆きの美女』に書き込まれる相談は美女だけに悩ましく、美人でしかわかりあえない悩みを、美人同士意見を出し合って解決しよう、とするHP。 そのサイトを炎上させ、嫌がらせをして潰すことを生き甲斐にしているブスの引きこもり・耶居子(やいこ)。美女たちの揚げ足を取ってやろうと彼女たちのオフ会に潜入しようとした耶居子が遭ってしまった事故をきっかけに、なぜかその美女たちと暮らすはめになる。 性格も見た目もブスな耶居子が美女に囲まれて、磨かれて清らかに変身してゆく・・・という話でないところがいい。 耶居子はもちろん影響され変化していくけれど、美人にはならない。けれど美女たちも耶居子に影響され、ブスに歩み寄る。綺麗ごとばかりではない本音を周りにぶつけるようになっていく。 デビュー作『終点のあの子』とは少し趣の違った展開を前作『あまからカルテット』からも感じる。今作はそれに輪をかけてドタドタと音が聞こえるようなエンタメ要素満載で、テンポのいい読書が楽しめる。 2012年 01月 12日
![]() かつてテロリストだった男が、大統領の恩赦によって20年ぶりに出所した週末。 姉は田舎の町の別荘で共に過ごそうと、旧友を呼び寄せる。 この本のあらすじだけでも、興味を十分にそそられる。 いったいそこで何が行われるのか?起こるのか? かつて同じ思想を持ち、運動を起こした彼らもそれぞれの20年を過ごし歳をとった。 お互いの変化を認め合いながらも、よそよそしく会話をぽつりぽつり始める様子に緊張感が伝わってくる。 彼のためにと集まりながらも、どのように扱うべきかと迷う旧友たち。 それを察して自分が過ごしてきた刑務所での孤独な空白の時間を改めて知り、戻った場所でどこに身を置くべきかと悩む元テロリストと彼らの隙間はなかなか埋めれそうにない。 同じ屋敷で過ごす彼らの現在や過去、かつて持っていた未来への希望と それについての挫折や妥協が、それぞれをリンクして描かれていて、読み進めるほど深みが増していく。 出所した彼の今後をどうするべきか?というテーマに皆が向かっていくのだけれど、自分だったら彼にどのように接するか?を自問しつつ、優しくしたり問い詰めたり距離を取ったり糾弾したりする彼らと共に、物語は週末を迎える。 かつての革命家の闘士の最後の願いに愕然とさせられ、人間のちっぽけな愚かさと悲しさを感じるが それだけで終わらせず、彼らひとりひとりに新たな道を示すかのような終わり方はとても素晴らしいと思った。 2011年 12月 17日
![]() ハローワークへ私は行ったことがある。 というのは、先日この本の話を一緒にしていた方は行ったことが無いらしい。 行ったことが無く、お勤めしているということは、一度も転職をしたことがないからだ。理想的。うらやましい。 ハローワークという所は、一度そこを利用すると、こんな国の機関があったのか!というほど、なかなかその内部の仕組みや使い方が複雑であったりする。 まずは登録して、パソコンで求職を出している企業を閲覧して、窓口で軽く身の上を話してから希望する会社を紹介してもらう。 各都道府県に何カ所もあるが、その土地によって建物や雰囲気が違うし、利用する人は老若男女、就職希望の人もあれば失業手当をぎりぎりまで貰いたいという人、相談員の方の個性も様々、一見しても何ともドラマティックなのである。 すごいところに目をつけたなぁというのが、まずこの小説の第一印象。 そのハローワークで就職相談員として働く沢田信(28歳)。 なんだか頼りなくて個性のない今どきな若者に見える新米の彼が、先輩方に失業者にと翻弄される。 彼を主人公としての連作短篇になっており、現代のご時世も相まってなかなかシリアスなお話が続くが、まだ『何者』にもなっていない彼が、物語を明るい方向へと導いている気がする。物語がすすむにつれ、彼の印象は徐々に変わってくる。 いわゆる社会的弱者が信の前につぎつぎと現れるけれど、なんの色眼鏡もかけてない彼だからこそ、拒むこと無く受け入れ、共に生きようとする。これぞまさしく久保寺健彦作品の真骨頂! 信が唯一の趣味として聴く音楽は久保寺さんの趣味?ヒップホップからテクノ、プログレにフォーク・・・と幅が広すぎる・・・。 2011年 12月 08日
![]() 都内にある中高一貫教育の女子校が舞台。 有名カメラマンを父に持つ朱里という女の子が高校から入学してくるところから物語は始まる。 誰とも群れず、自分の意見を常に持ち、クラスのどのグループとも仲良くできる朱里は、目立っていてだれもが気になる存在。 この朱里を中心としたお話かと思いきや、朱里からその周辺に話者は変わり、視点も変わる。 ひとりひとりを、章によってとらえるところを変えることで、各キャラクターのデスマスクに少しずつ肉付けをしていくような感覚を味わう。 例えば朱里のクラスメイトの恭子さんは、美人でスタイルも良く、彼氏が帰りに車で迎えにくるような、いつも取り巻きに囲まれるクラスの中心人物だが、他の章ではとても気が小さくて地味な性格の女の子の面を見せている。 人は多面体でできていて、また接する側の捉え方によっても、こんなに違う印象になるんだなぁと改めて感じた。 あの頃はこんなにも多感だったのか、社会に出るまでの数年間の人間関係はこんなにも難しかったのだった、とはたと思い出した。嫉妬や不安をうまく隠せず、自分が世界の中心に居るかのような錯覚をしょっちゅう起こし、小さな失敗に世界の終わりが来た気分で挫けたりする。 自分が過ごした高校生活にとてもよ似通った部分が多く、ノスタルジックな気分な気分にしばし浸った。まだまだ昨日のことのように、その時の気持ちって覚えてるものだなぁとも驚いた。 2011年 11月 25日
![]() ドイツでも屈指の刑事事件専門の現役弁護士が書いた小説。、 自身の事務所が扱った事件をベースにした、この連作短篇集がデビュー作となる。 全体に無駄をかなり省いたクールな筆致。事件は突然に それこそ後ろからふいに殴られたようにガツンと重く衝撃的で、対照的に事件にまつわる人の心の闇がひたひたふつふつと染み出すように描かれている。そのリズム感と、事件の衝撃は大きいのに静けさが漂うような雰囲気がとても魅力的。 人の持つ奥深い闇の部分。または自分が持っている考えの裏の裏。 こうなれば→こうなる という画一化された推理や仮説を、違う視点から見せることで、読んでいる者の心の中までざわざわと禍々しくさせる。こんな感覚が自分にもあったのかも知れない、と少し不安にさせられる。 トリックのあるミステリではなく、ただ淡々と犯罪は起こり、語られるのは犯罪者の人生。 悲惨で猟奇的なシーンもあるにもかかわらず、なぜか心を動かされる この独特の空気感は他に似た作家を挙げられない。 今年の翻訳ベストミステリにもランクインするのではないだろうか?来年発売予定の第二短篇集も楽しみ。 2011年 11月 13日
![]() 昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。けれど華やかな東京オリンピック開催の裏で虐げられた人々が存在した。 世紀のイベントを前に、東京オリンピックそのものを人質に取って身代金を要求するという事件が起こる。そのテロリストの正体とは? 高度経済成長期に於ける「光」と「影」が照らし出される。 東京と地方、富裕層と貧困層、学がある者と無い者が、事件の背景として綿密に描かれ、物語の大きな核がじわりじわりと伝わってくる。 また事件を犯人側、警察側の双方からの視点から描くことで、構成自体も光と影の効果をもたらしていて巧い! この頃の日本、昭和30年代を題材にした作品というのが、とても好きだ。 悩んだりつまづいたりしても、誰も止まらない 誰も動きを止めない。ニートもフリーターもうつ病も、その呼び名さえ無かった時代。 その先に成功が待っていようと、墜落が待っていようと、人も国も時代にも生きる勢いがある。 若き孤高のテロリストの胸の内はとても熱く、自分の考える正しさに向かって真直線に突き進む。やっていることは過激なテロに過ぎないが、やはり読む側としても貧しい側につかないわけにはいかなくなる。読み進めるほど、労働者たちの悲しみ、怒り、もどかしさ、諦めがひしひしと胸に響く。 作風が毎度違う奥田英朗の中でも、どしん!と重い作品。 だんだんと明らかになる人物像、理不尽な時代への憤りとともに、オリンピックに日に日に近づく緊張感も相まって、ページを捲る手が止まらなくなる。 。 足すのではなく、引いたラストが著者らしいところ。国という大きな組織に立ち向かった男の孤独、悲しみや切なさがより際立っていた。 文庫解説は川本三郎さん。 2011年 10月 23日
![]() 読み終えて、他人な気がしない と思った。 いや、全然違うんだけれども、いちばん根っこの部分では違わない気がする。 今まで観た映画や読んだ本、好きな音楽、夢で見た話など、とりとめもなく書かれたエッセイ。ばらばらなようでいて、すべてフラットに見える というか、どれも高山さんの中では一直線上にあるもののように見える。 本を読むのも 大豆を茹でるのも 夢で見た話を一生懸命誰かに伝える、夜中に急に掃除を始めたり、映画観て泣いたり、わからないことをわからないままにしたり、がぜんぶ同じに並んでいる。 そう、わからないことはわからないままでいい。幸せな時間を過ごしているのに、なぜか切ない。確かなことなんて、この世にはひとつもない。正しいだけのことなんて、ちっとも興味がないの、と言っているかのような彼女の文章は、読んでいるこちらをふわあっと軽く持ち上げてくれる。 すてきなパートナーも、可愛らしいお母さんも、様々な友達も、たくさん高山さんの周りには居るのに、どこかひとりぼっちなイメージが拭えない。ひとりぼっちだけど、孤独とは違う。さびしがりや、でもない。 谷川さんの詩を思い出させるひと。 みんな知ってる 空をながめて みんな知ってる 歌をうたう だけどおれには おれしかいない そうだ おれには おれしか いない おれは すてきな ひとりぼっち (すてきなひとりぼっち/谷川俊太郎) 2011年 10月 09日
![]() 先日ある作家さんとお会いした際に薦められました。 この方はいつもすごい読書量。たくさん書いてるのに、いつ読むんだろうか?会うたびお薦めを聞くのですが(こちらが書店員なのにお恥ずかしい・・・)これ読んでないなら・・といくつか紹介していただいた中の一冊。 どちらかというと面倒臭そうな女の人の話は避ける傾向にあるのと、「現代の”無職”をめぐる心模様」とどこかに書かれていたのを見ていたので、働くのが好きな私にはピンと来ないかも?と判断して読んでいなかった。 表題作『プラナリア』の主人公・ルンちゃんは乳がんの手術後、何をしても面倒くさく、興味を持てず、自暴自棄になってしまう。常にイライラしたり気分次第で周りを振り回したり。同情されたいし、されたくない、という複雑な感情を外に向かって当たり散らす。 なんと身勝手で我がままな・・とその振る舞いに呆然とするが、本当に病気になった人でないとわかり得ない、「辛く苦しいけれど、回復に向かってがんばります」という表向きではなく、いろいろなものを自己消化できない、どうしようもない袋小路に入ってしまう孤独な感覚は想像できなくもない。 2章目の『ネイキッド』 「私は自分がやがて立ち直って、また社会に出て働きはじめるであろうことは分かっていた。疑問を持ちつつもまた前へ前へと進んでいくのだ。それが何故だか分からないがとても悔しかったのだ。転んで怪我をしても、やがてその傷が治ったら立ち上がらなくてはならないのが人間だ。それが嫌だった。いつの間にか体と心に備わっている回復力が訳もなく忌々しかった。」 社会的な価値観に沿って生きられない焦りが全体に感じられる。 疑問を持ちつつ前へ前へと進んでいくのは、きっと彼女だけではないだろう。 働いている誰もが、頭のどこかに感じているもの。そしてぼんやり霞ませて見えないように努めている。でもそういうもの含めて「生活」かな、とも思う。 「どうして私はこんなにひねくれているのだろう」と書かれた裏表紙を見て、ああほんとにそう、ほんと面倒くさそうな人ばかり出てきた・・と振り返りつつ、正直自分はそういうことがないとは限らない、と重ね合わせて読んだ部分が無いとも限らない。(←じゅうぶん面倒くさい。) 2011年 09月 20日
![]() 冒頭の『トンネル鏡』から、とても好みなシーンだった。私もあのトンネルの昼と夜が好きだ。 新幹線に乗る主人公は、短いトンネル 長いトンネル、入ったり抜けたりする闇と光の間に記憶が遠くへと飛んで 自分の人生を振り返る。 「視線の先から街並が消え、数分間だけの夜が訪れて、窓が鏡になった。」 窓に映る顔はくたびれた中年の男のものだが、かつて同じ窓に映った顔はひとつではなかった。 ふたつの時も。みっつの時も「私」にはあったのだ。 よくある回想の物語であるけれど、湿っぽく媚びてないのは、リズムの良い文章と、中年男が未来に向かってトンネルを抜けようとしているところ。 8篇あるうち、いちばん好きなのは『上海租界の魔術師』。 ある日突然一緒に暮らすことになった祖父は、戦前は上海に暮らし、そして職業は魔術師だった。 かつての華々しさは霞んで、家族からはお荷物扱いの祖父だったが、孫の「わたし」にはまばたきが止まらないほどのマジックを次々と魅せてくれる。 鳩が飛び出すマジックを目の当たりにした「わたし」は、幼い頃に死んだ母も出して見せてくれ、とせがむ。準備が必要だから、と一週間後に祖父が「わたし」を部屋に呼び「これからひと時、貴方を魔法の世界へと、誘わん」と見せてくれたものとは....? 戦前のきらびやかだった上海の場面はカラーで、対して「わたし」と一緒に暮らしていた頃はセピア色に見えるほど、回想の行き来がからまっているのに描き方が鮮明だ。 こんなおじいさんの孫に生まれたかったなぁと思うほど、かっこ良くてチャーミングで頼もしくて愛おしい。 「信じようと信じまいと、夢も現も、貴方しだい。それが魔術でござい。」 どのお話の主人公も、なにかをなくした過去を持ちながら生きている。 かつてなくしているけれど、それらを忘れないことによって、繋がり続けてもいる。 誰もが過去に戻りようがない。でも戻れないということは、明日しか来ない ということでもある。 それぞれの主人公が、なくしたものを忘れず、もしも・・だったら?を自問しつつ、明日にしか生きない。 暗闇のなかで繊細に光る月明かりのように、じんわり味わい深い小説でした。 |
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