BOOKS WANDERVOGEL

bookwangel.exblog.jp
ブログトップ
2011年 07月 27日

「おおきなかぶ、むずかしいアボカド」

b0145178_0262857.jpg

たとえば音楽では、誰から誰へ向けてのメッセージだとか、大きく壮大なテーマだとか、何か教訓めいたものとかが歌詞に乗っている歌が苦手だ。
逆にすごくちっぽけなことをかっこ悪く歌ってたり、なんのことだかさっぱり?みたいな歌詞のほうが、ある時はっと思い出し、その時々にフィットしていつでも聴けるような気がする。

このエッセイのいちばん最後の章で、ムラカミさんは個人的にずいぶんつらいこと、胸が息苦しく、意識がばらばらになったままひとつにまとまらないような状態の時のベネチアへの一人旅で小泉今日子を繰り返し聴いた、と語っている。
それはたまたま村上龍さんが差し入れしてくれたテープだったのだけど
『何度も聴いたはずなのに、歌詞は思い出せない。ー言葉の内容は空白に近い。
でも繋がりを持たないことによってそれらの歌は、懐かしい暗号の切れ切れな響きとして、異国の地で僕を保護してくれた。』

私が『村上ラヂオ』を初めて読んだのは、仕事で2回目に指を飛ばして入院した時だった。昨年夏にはまた入院でたまたま再読。そして今回『村上ラジオ2』を読んだのは、ちょうど思いがけない壁がどーんと目の前に突き出た時でした。ほんとにたまたまですけれど。

振り返るとくだらなくて、さりげなくて、これと言った主張はなくて教訓めいたものも何もない。けれど切れ切れな響きとしてこの本は、無意識に私を保護してくれた。

『人はときとして、抱え込んだ悲しみやつらさを音楽に付着させ、自分自身がその重みでばらばらになってしまうのを防ごうとする。ー小説にもまた同じような機能がそなわっている。心の痛みや悲しみは個人的な、孤立したものではあるけれど、同時にまたもっと深いところで誰かと担いあえるものでもあり、共通の広い風景の中にそっと組み込んでいけるものだということを、それは教えてくれる。』

ああ私には本を読む、という趣味があって良かった。ちょっと助かった。
読んだ後の気分はというと、機知に富んでいてチャーミングな年上の人と、おいしくお酒を飲んで「楽しかったなぁ」とほろ酔いで鼻歌も出ちゃう帰り道、みたいな感じです。
[PR]

by bookswandervogel | 2011-07-27 00:26


<< 「寒灯」      「もうひとつの朝」 >>