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2009年 08月 30日

「彼女のいる背表紙」

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ー本の中の「彼女」との 再会を通して見えるものー

「彼女」とは堀江さん自身がかつて読んだ本の中の女性(ひと)。
またはその作者のこと。

日常のふとしたきっかけから記憶は巡り、彼の経験した出来事や思い出を読んでいるかのように思うと、いつのまにか知らずに魅力的な「彼女」の居る風景に私達も出会っている。

物語の中の「彼女」も、昔出会ったふと思い出すあの人、のように語られていて それが私にはうれしい。
本を読み終えても、あの人は今どうしているだろう?といつか会った人のように思い返すことが私にもある。
そして著者は本を再び読んだ時「何年経っても最初の印象と変わらない本」は無いと語る。
その歳になって気付かされることが常にあり、頁から吹いてくる風は変化している、と。
読書は「体験」なのだなぁ。

魅力的なエピソードを絶妙な語り口で紹介していて、ぜひ読んでみたい本がたくさん!
と思ったら、青山ブックセンター(六本木店)で出てくる本を可能な限り集めたフェアをやっていた。
なんとも読者のツボを押さえた企画と棚作りの瞬発力がすばらしい!と心の中で拍手した。
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by bookswandervogel | 2009-08-30 00:38
2009年 08月 29日

「頼子のために」

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惜しくも名探偵になり損ねたひとが「名作!」と薦めていたので読んでみました。本書は1989年法月倫太郎氏が弱冠25歳で書き上げた、作家的転機を告げる傑作と呼び声の高い作品です。

愛娘を殺された父親は警察の捜査に疑問を抱き、自ら犯人をつきとめ、その過程を手記に残して復讐を遂げる。手記を読んだ探偵法月倫太郎が事件の再調査に乗り出し、事件の真相に迫る・・。

と緊張感のある展開で、事件の壁に当たると舞台は暗転し、息を呑みながら新しいページを繰ると 重々しい緞帳がゆらりと上がっていき、読む者はまた新たな謎に誘い込まれる。

人物の描写が非常に丁寧。微妙な表情やしぐさを探偵法月が巧みに読み取り、多くを語らずとも相手に自然に喋らせてしまう過程は見事で、ミステリというジャンルを超えて小説・物語として魅力的な作品になっている。

真相がだんだんに判ってくる終わりに向かう部分が、とても静謐で美しい。
「あんたは一体どちら側の人間なんだ?」
「真実の側の人間です」
名探偵のセリフに痺れた。
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by bookswandervogel | 2009-08-29 00:50
2009年 08月 26日

「半島へ、ふたたび」

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7年前、飛行機のタラップを降りて来た彼ら5人の何とも言えない表情をよく憶えている。降りて来た彼らはどこから見ても”異国の人”で、強いられた辛く暗い24年間を思わざるを得なかった。「拉致」という言葉もこの時初めて知ったように思う。

この本は蓮池さんがソウルに取材旅行に行った際の手記である。
彼の明るい人柄を思わせる文章で、ソウルでの様々な体験、彼の翻訳業にまつわる話がテンポ良く語られている。

けれど 同じ半島だけに旅の随所で見る景色に思い出される”北”での生活の語り口は重く、過酷な体験がどれほどのものであったか伺い知ることができる。実際に自分が生きて来た24年間という長い時間を 彼は異国で自由を奪われ生きたのだと思うと想像を絶する。北での生活だけでなく、日本に帰国した後も苦しい日々であっただろう。

もがき苦しんだ時期もあっただろうが、自身の体験を非常に客観的に 冷静に語る彼の精神力の強さを本書で思い知らされた。
「あの国の言葉を武器に、生きていく」という言葉に、運命を乗り越えようとする彼の努力と希望が表れている。
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by bookswandervogel | 2009-08-26 01:35
2009年 08月 24日

「静子の日常」

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静子は75歳のおばあさん。
夫に先立たれ、息子夫婦と孫と暮らす。
70過ぎて水泳を習い、色白で真っ白な髪に合わせてすみれ色の水着を着て、おいしいお茶を淹れられる。おっとりしていて さっぱりしていて よけいなことは言わない。人が決めたことについてはそうでもないが、自分で決めたことはぜったいに守る。

そんな静子の取るに足らない日常。
「取るに足らない」は調べると「問題として取り上げることも無い、ささいなこと」とある。

日常なんて、取るに足らないことばかりだ。
前へ前へと進んでいく日々なんてあり得ないし、何かをやればやるほど満ち満ちていくようなものでもない。なんてことない事柄や たわいもない事に笑ったり泣いたり 心動かされたりしているんだったっけ、と静子の日常を見て思い出した。

静子はある日、長く想ってきたひとにふと、30年ぶりに会いに行く。
愛でも恋でもなく ときめいたりもしない けど二人の間に流れる空気や時間はあったかくてせつない。
静子は日々いろんなことを丁寧に思ったり、感じたりしている。
歳を取るということがどういうことかまだうまくわからないけれど、まだ若い時には深く感じ得なかったことを、時が経って、感覚が鋭くなって けれどそれを前に出すこと無く、自分の中で深くふかーく感じ入ることができたらすてきだと思う。

「若くはないけど、新しい歌を知ることはまだできるんだわ。」
歳をとるのがちょっと楽しみになるよな、すてきなおばあさんに会いました。
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by bookswandervogel | 2009-08-24 02:01
2009年 08月 23日

「骸骨ビルの庭」

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阿部轍正は27才で戦後復員し、大阪・十三にあった実父の持ちビル”骸骨ビル”を手に入れるが、そこには既に戦争孤児が住みついていた。ー

阿部は生涯独身を貫き、戦争孤児たちを育て上げた。
時が経ち、平成6年 今だ骸骨ビルに住みついている大人になった孤児達を立ち退かせるためにやって来た男(脱サラし人生の岐路に立っている。)は、その住人達と触れ合いながら 亡き阿部が残していったもの、阿部の生き方の意味を、時を超えて知らされることになる。

本文で引用されているヴィクトル・フランクルの『意味への意志』が興味深い。
「われわれは他者の人生に意味を与えることはできませんー人間の人生への究極的意味への問いに対しては もはや知的な答えはあり得ない。ただ実存的な答えしかあり得ないからです。」
人生の旅のはなむけとして他の存在に与えることのできるものーそれはただひとつ、まるごとの私の存在という実例だけだ、という言葉は 誰に対しても優しく、かつ存在する意味を与えてくれる温かい言葉だと思った。
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by bookswandervogel | 2009-08-23 01:17
2009年 08月 12日

「終の住処」

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2009年上半期、141回芥川賞受賞作。
芥川賞は作品はもちろんですが、わりと作家の人物像に目が向けられます。
この方はエリートサラリーマンと作家業を兼業ということで巷で今話題です。そして面がイイと顔写真をババーン!と出すのも最近のやりかた。その作品や、いかに。

ーある男と女が三十歳を超えて結婚する。
ある時 家族で遊園地に行き、妻はそれきり11年 口を利かなかった。ー

終始 男の独白がつづく。
すべては過去の出来事。
主人公の男は何もせず、徹底して受動的。
だだっぴろい劇場に座り、過ぎ去った時間 過ぎ去った懐かしい出来事、現実に起こったのかどうかわからない原風景など繰り広げられる劇を、時にあたたかく、時にせつない気持ちで一人淡々と眺めているかのようだ。

「ああ、過去というのは、ただそれが過去であるというだけで、どうしてこんなにも遥かなのだろう。」
人生の幸せ 不幸せに関係なく、流れていく時間。
過去に守られた男は常にあきらめたような、疲れたような印象だが、総じて楽観主義。
悲劇的に描かれてはいるが、案外悪くない人生だったのではないだろうか。 
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by bookswandervogel | 2009-08-12 01:35
2009年 08月 06日

「六月の夜と昼のあわいに」

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一枚の絵が始まりのページ。
次にフランス文学者・杉本秀太郎による序詞(詩、俳句、短歌)がぽつりと書かれる。
それに続く小説は、どの小説も短めの、ぼんやり夢の中にいるような10のお話。

装丁のきれいさにまず惹かれる。
中のページを繰ると それぞれの画家が描いた絵が不思議な世界が入り口になっているかのようで、わくわくさせられた。

大人の童話のような、小川未明の世界のような。
夢は夢でも白昼夢、夢から覚めた後もしばらく余韻から抜け出せない けれど心地良い倦怠感を読んだ後に感じた。

「夜と昼のあわい」の「あわい」は「間(あわひ)」と書くのだろうか?
物と物のあいだ。人と人のあいだ。事と事の時間的なあいだ。
日本語は曖昧でうつくしいなぁ。
「あわい」を上手く説明できなくても、私達は感覚で「あわい」を知っている。
「あわい」は「淡い」ともとれる、雰囲気たっぷりの小説たち。
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by bookswandervogel | 2009-08-06 00:27
2009年 08月 02日

「エッセンス・オブ・久坂葉子」

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ずっと気になっていた作家だった。
19歳という若さで芥川賞候補になるも、21歳で鉄道自殺した久坂葉子。

美貌と才能、そして若さに溢れていた彼女は何を思って死に至ったのか。

彼女の書いた小説 戯曲 詩を読んでみると、どれほどのエネルギーを使って生きていたかが読み取れる。多くは家庭の重圧、恋愛の破局、執筆の行き詰まりが死因と言われているが、どれも当たっているようで、どれも違っているような気がしてならない。

『幾度目かの最期』(亡くなった日に書いた遺作)で「私のような、過激で、情熱のかたまりみたいな女は、恋愛して、そのまま結婚することは、とてもできない。」と語っているように、誰かを強烈に求めながらも、誰をも愛しきれない、誰の元にも収まりきれない自分の余在る強さと、それ故の脆さを知っていたのかもしれない。
自分の命の短さも知っていて、その短さにさえ抗うように自死を試み、4度目で亡くなった。

たった21歳で逝った彼女の放った光は相当なものだったのだろう。
アンソロジーが出版されたり、「久坂葉子研究」する人が後を絶たなかった。
作家の久坂部羊さんのペンネームもこの人から。
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by bookswandervogel | 2009-08-02 10:57