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2010年 10月 29日

「空の冒険」

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『あの空の下で』に続く、ANA機内誌『翼の王国』に掲載された短編の書籍化第2弾。

前半は映画のタイトルをつけた、でも映画とは無関係のショートショート。
吉田さんは「これといって何でもない話」を拾い上げるのがとても上手い。読んでも「何が書いてあったか?」を説明するのが難しいほど。確実に経験したことはあるのだけど、自分自身がこの短編に描かれてるような気持ちになったことさえも自覚していないような、あの部分。
彼の短編はいつもそういう部分が散りばめられていて、モヤっとしたものに気付いてちゃんと形にしてしまう、作家というのはすごいなぁと毎度唸ってしまいます。

後半はエッセイ。おしゃれにワイン..より焼酎一気派!とか家電音痴な話、思わずぶーっと吹き出してしまうギックリ腰の話などは、吉田さん自身の理系でクールな知的イケメンという印象から大きく外れて親近感がわきます。

『悪人』を書いた人はいったいどんな人?と興味を持った方にオススメ。
目線の低さ、魂の熱さに共感して、この作家の作品がもっと読みたくなるはず。
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by bookswandervogel | 2010-10-29 23:59
2010年 10月 25日

「なくしたものたちの国」

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著者の角田さんは普段からなくしものが多いのだそうだ。
私はどうかな・・?と振り返ると、だいたい物持ちが良い方だが、ある一部の物(傘とかピアスの片っぽだとか)は「あれ?」と気付いた時にはもう手元からなくなっている。

なくした瞬間の記憶すらない。
物なら「どこで?」「あそこに置いてきたかも?」と記憶を手繰るけれど、果たして昔あれほど仲が良くて いつの間にか全く会わなくなってしまったあの人をなくした瞬間はいつだったのだろうか?

この連作短編集は、主人公のナリちゃんが成長しながら、同時にいろいろなものをなくしていく物語。
かんむりをなくしカメラをなくしお財布をなくしおばあちゃんをなくし自分をなくし娘をなくし・・・。
生きてゆくことは何かをなくしてゆくこと?と思わずにはいられない。ナリちゃんと同じくらい、私達は何かをなくしてここまできている。

小さい時にいちばん自分を理解してくれていた山羊のゆきちゃんが再び現れ、ナリちゃんに『忘れちゃってもいいのようー』と語りかける場面は、もう二度と会わないあの人に言われているようで、少しだけ肩の荷が下りる気がした。
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by bookswandervogel | 2010-10-25 23:50
2010年 10月 17日

「砂の上のあなた」

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直木賞受賞後、第一作は非常に人と人とが入り組んだ、読みながら「むむむ・・・」と絡まった糸をひとつひとつほぐしていく作業を必要とする難解な作品。
けれど読んだ後の強烈なイメージを表現するならば、大きな「うねり」。
ゴーッ音をたてて大きく脳裏を旋回する「うねり」だ。

主人公の美砂子はある日亡き父の遺した手紙から隠された事実を知ることになる。
父の強い執念から、美砂子の奥深く埋め込まれた人生や運命がゆっくりゆっくり交錯し始める。

美砂子をはじめ登場人物は誰もが、時を経て流れるように心が移ろってゆく。誓った言葉も、長く培った関係性でさえも飛び越えて、移ろいに心も体も委ねる。
変わらないものは「変わらないでいてほしい」という思いだけなのだろうか。そもそも「変わらない」ということはそんなに美しく尊いものであっただろうか。

果てしなく繋がる関係の中で、美砂子のとった行動に危うさを感じずにはいられない。
けれどどんな人もその時その瞬間に感じた自分の選択の正しさを信じて行動するしか方法がないのだ。
繋がりの不思議、運命の不思議を見せつけられた私も大きなうねりの一部だと気付いてまた、呆然とさせられる。
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by bookswandervogel | 2010-10-17 02:52
2010年 10月 15日

「シューマンの指」

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冒頭「私」はかつての友人から手紙を受け取る。その手紙にはシューマンに憑かれた天才ピアニスト・永嶺修人がドイツでピアノの独奏をしていたと書かれていた。30余年前のあの日、彼は右手中指を、ピアニストの指を永久に失ったというのに..?

ミステリの入り口が突然開かれどきどきする。
「私」はかつて惹き付けられていたピアノ、シューマン、そして永嶺修人との日々を回想しはじめる。
シューマンの作品世界に対する音楽的評論の部分と小説が美しい言葉で重なり、今までに読んだことの無い感覚を味わう。けれどこの前半部分の雰囲気も、作者の手の内だったのか..と後から打ちのめされることになるのだけれど。

夜の音楽室で、修人がシューマンを弾く。
3ページに及ぶその描写は特に耽美的で、読む者だれもが聴いたことのない音楽が頭の中に流れ出し、夜の闇に旋律が踊るように現れ、その美しいピアニストが弾き終えた後の残響までも耳に残るような、小説世界ならではの体験に喜びを感じた。

やがて事件は起きて二重、三重にも謎のヴェールは掛けられる。
が、終盤にかけてそのヴェールを読む者はちゃんと開けているのか さらに上から掛けているのか..?
幻想と覚醒、狂気が入り交じった物語の後ろでずっと音楽が鳴っている。
とにかく、無性にシューマンが聴きたくなります。
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by bookswandervogel | 2010-10-15 23:58
2010年 10月 04日

「ひそやかな花園」

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まだ小さい頃、毎年夏に行ったキャンプの記憶。
楽しくて楽しくて..でも記憶はぷつん、と途切れる。
私はなぜ参加してたのか。あの人たちはいったい誰だったのか。

淡い記憶を共有する7人の男女。彼らはそれぞれ成長し、自分の出自を含めた「秘密」を知る。
あの集まりはいったい何だったのか。そして自分は何者..?

人は誰でもこの世界と自分との間に折り合いをつけて生きていく。
たとえ出自が確かな者でも、ある時期それがとても困難なことのように感じたりする。
「自分は何者であるか?」という問いを突きつけられた彼らの胸中はどれだけのものだったのだろう。
七人の迷いを通して、どこかしら自分にあてはまる部分を見つけ、同じ森の中を心細く彷徨うかのようだった。

『きみが見るもの、きみが触るもの、きみが味わうもの、ぜんぶ人と違う。ーきみがいなければ、きみの見る世界はなかった。それだけのこと。』
著者はそっけない言葉で きれいごとでない、ただの事実で 7人を、読み手の我々を、暗闇から森の出口へと力強く連れ出してくれる。

著者の問題への真摯な向き合いかた、無駄のない文章の確かさ、そして登場人物に寄り添う温かさに圧倒させられた。
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by bookswandervogel | 2010-10-04 00:50
2010年 10月 02日

「二人静」

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こんなに厚い本なのに、登場人物はとても少ない。
互いに三十二歳の周吾とあかり。この二人をじっくり感じる物語。
周吾には介護が必要な父親、あかりには場面緘黙症を患った娘が居る。
彼らは互いに惹かれ合うが、なかなか距離を縮めることができない。
父親の介護、働き盛りの仕事、過去の恋人の傷、娘の病気、職場でのトラブル、元夫のDV...。

二人の直面する現実がとつとつと丁寧に描かれ、その重さ、その問題の大きさにすっかり打ち拉がれてしまう。
恋や愛などする暇もない大人の二人。
いったいどこに救いはあるの?希望が見える未来や、劇的な解決はどこに?

DV夫のどうしてもどうしても立ち直れない描写など、逃れられない環境設定がリアルで切ないけれど、そんなそれぞれの環境を含めた少しづつの歩み寄りがとても愛おしく感じた。
二人は鏡のように互いを傷つけ合うことは一切せず、相手の持つ問題や心の傷を、自分のことのように慮る。そんな二人のやりとりを読み手はじっくり一冊を通して感じ、たとえ家族という形にならなくても、微妙な距離感を残してそれでも日常は続いていく...というラストはとても好きだし素敵な結ばれかただと思った。
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by bookswandervogel | 2010-10-02 23:55