BOOKS WANDERVOGEL

bookwangel.exblog.jp
ブログトップ

<   2010年 11月 ( 6 )   > この月の画像一覧


2010年 11月 30日

「優しいおとな」

b0145178_132876.jpg
近頃の桐野さんの小説はサヴァイバルしてますね。
今回の舞台は近未来の渋谷。公園の名前、建物の場所なんかは現在と変わっていなくて、今よりちょっと先に進んだところのお話。

主人公は10歳の時に児童保護施設から逃げ出して以来、路上生活を送っている15歳の少年イオン。誰かから愛情を受けたことがなく「寂しい」とか「孤独」という感情とは無縁だったのだが、子どもから大人へと徐々に変化していく過程で、自分の中に今まで感じ得なかった感情に気付いてしまい、「それはいったい何なのか?」と苦しみもがく。

なんの疑いも無く生きてきた地上から、自らの意思で地下世界へと潜っていく場面は、地下が如何にも不穏で禍々しく、引き止めたい気持ちではらはらする。それまで全く一人で自由に生きてきたイオンが、厳しい地下組織に入隊するのは、入隊することで子ども→大人へと認められる、徴兵制度のある国のお話のようでもある。

取り上げたテーマ、アンダーグラウンドな世界は『コインロッカー・ベイビーズ』『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』を彷彿とさせる。
装丁はポップだけれど、中身は割とハード。果たしてイオンは救われたのか?考えさせられる結末。
[PR]

by bookswandervogel | 2010-11-30 23:55
2010年 11月 25日

「ふがいない僕は空を見た」

b0145178_23524450.jpg
第8回「女による女のためのR‐18文学賞」大賞受賞作品。
女のためのR‐18文学賞は新潮社が主催する、豊島ミホや宮木あや子を輩出したレベルの高い文学賞。

高校に入ったばかり16歳の斉藤くんから、その周りの人へ数珠つなぎに一人称で語られる掌篇小説5篇。最初の『ミクマリ』が大賞作。けれど最初の作品がいちばんヘビィな気がして、なぜか順番をばらばらに読んでみた。
たがいの距離、それぞれの生活が様々な切り口で描かれていて短いながらも引き込まれる。
斉藤くんのみならず、出てくる人誰もが不甲斐なく、みんなそれぞれの壁にぶち当たって、ちっとも何も解決しなくて、迷いながら進むその情けない姿がなんだか愛おしく思えてくる。
特に4章目の「セイタカワダチソウの空」に出てくる3人のキャラクターがそれぞれ好きだった。

斉藤くんのお母さんは助産婦さんで、「自然、自然、自然。ここにやってくるたくさんの産婦さんたちが口にする、自然という言葉の軽さや弱さに、どうしようもない違和感を抱きながら、私はその気持ちを言葉にすることができない。」という言葉にいたく共感を覚えた。同じように感じてしまう私は、ただのあまのじゃくだと思っていた。ナチュラルとか地球にやさしいとか無添加とかに中指を立てたくなる感じ?やはりうまく言葉にできないけれど。斉藤くんのお母さんに出会えてほっとした。

えっちな部分は始めだけで、全体的にはかなり骨太な印象。
男の人も女の人も恥ずかしがらずにお試しあれ。
[PR]

by bookswandervogel | 2010-11-25 01:06
2010年 11月 19日

「灰色の虹」

b0145178_0254475.jpg
身に覚えの無い殺人の罪を着せられた主人公の江木。
「本当にやっていない自分が信じてもらえない訳がない」と素直に証言をするも、刑事、検事、弁護士ともに『当然市民を守ってくれるもの』と思っていた相手に次々と裏切られる。

昨今、冤罪の話題がニュースを賑わしていた。
昔の話ではなくタイムリーに起こっていることと知ってはいるものの、それが自分の身に起こるとはなかなか想像しにくい。
けれどこの主人公・江木が一歩一歩戻れない道に引き込まれ、一人また一人と味方が周りから消えてゆく行程を見ていると、冤罪にかけられた疑似体験のような、本当に個人の、一人の力では這い上がれない状況に無力感を覚えた。

『乱反射』は小さな罪が偶然重なり、責任の所在が誰にあるのか?という作品だったが、この作品では偶然などではなく、職務に対して保身、手柄、報酬、名声などに眩んだ欲や悪意が罪の無い人間を殺人者にしてしまう「人が人を裁く」危うさが浮き彫りにされている。

江木が殺人者に仕立てられてからミステリの要素が色濃くなるが、トリックや意外性より何より、それぞれの人物描写がとても深く、過去と現在が交差する構成も見事で、小説としての読み応えが過去の作品を超えて圧倒的だった。

最後まで息子を信じた母の問いに、いったい誰が答えられるのだろうか。ただひとり江木の心に寄り添おうとする刑事の苦悩がそのまま読者に投げかけられる。
やはりそうきたか・・というラストだったけれど、江木の悲しみをより深く感じ取れる結びとなっている。ただただやりきれない。本を閉じて悲嘆にくれた。
[PR]

by bookswandervogel | 2010-11-19 23:57
2010年 11月 14日

「Iターン」

b0145178_1144969.jpg
『思いかえせば、さまざまなことをあきらめてきた。一流大学をあきらめ、一流企業への入社をあきらめ、いまの会社での出世をあきらめ、理想の結婚をあきらめ、理想の家庭をあきらめ、その都度、これが人生だと思ってきた。』

そんな47歳、平凡なサラリーマンの狛江はリストラを見越した左遷で、本社勤務から北九州へ単身赴任となる。業績を上げないと首を切られる状況の中、今までのやり方は全て空振りに終わり、新たに踏み入れたのは借金地獄と本場北九州ヤクザの世界。

毎日毎日目が覚めるたびに借金が増えてて、支店長という彼の立場は危ういものになり、禁酒禁煙はいつの間にか解かれ、犯罪に巻き込まれ、体もボロボロになっていくのだけれど、なぜか狛江自身はそれらに鍛えられてか日に日に強くたくましくなり、半ばヤケのやんぱちではあるけれど降り掛かる様々な問題に屈せず修羅場をくぐり抜けて行く。

ヤクザの世界に足をいつの間にか踏み入れ、状況に流され従わされていく狛江が、朝になるとまたネクタイをしめて会社に出掛けて行くところが何とも可笑しい。
誰にも相手にされなかったダメな中年サラリーマンが自分と自信を取り戻していく様は、毎朝通勤時にこの本を読みながらとても元気をもらった。(あまりに悲惨なので「狛江さんよりはまだまし。」と『マイ・ライフ・アズ・ア・ドッグ』のように思った。)

この小説を読んだ後、文春「本の話」9月号に寄せられた著者の「正論の時代にむけて」を改めて読んだ。終始ドタバタしてちょっと笑えるこの小説の裏の、著者の本当に描きたかったことが語られています。必見。
[PR]

by bookswandervogel | 2010-11-14 02:40
2010年 11月 13日

「オラクル・ナイト」

b0145178_17285293.jpg
妖しい青い色を放った表紙。もう読む前からわくわくして仕方のない作家のひとり。
ポール・オースターの本を読むと、何か魔法にかけられたようなような感覚に陥る。でもそれはとても心地よい魔法で、今度はいったいどんな風に?と自ら喜んでその魔法にかけられるために最初の1ページをおもむろに開く。

生きるか死ぬかの病から奇跡的に復活した作家。リハビリの散歩途中に入った小さな文房具店で一冊の青いノートを見つけ、その何とも魅力的で惹きつけられるノートに掻立てられ、新しい小説を書き始める。

彼の居る現実の世界と、彼が書き綴る小説の世界、小説の中に出てくる小説、友人との会話に出てくるエピソード、登場人物の生い立ち、彼が目にした新聞記事・・・いったい自分がどこの世界の、どこの時間軸に立たされているか(タイムマシンが出てくるSF小説まで登場する)わからなくなるが、そのエピソードひとつひとつがとても面白く、戸惑わされてもなお、読むスピードを緩められない。

オースターの描く虚構の世界の中に、さらに虚構の世界が広がり、途中挟まれる注釈でさえも読者を惑わす魔法のひとつになる。
もうまんまと騙してくれて構わない。自分たちの頭の中だってじゅうぶん現実と非現実の境目は曖昧だし、登場人物とさほど変わらないくらい「頭のたが」が外れているんだし(←この表現がオースターの文章には多く出てくる気がする。)と、自分の居るこの世界も物語のひとつになったような感覚に陥る。

妻がいきなり身をふりほどいて歩道を駆けていった時のことを主人公が思い出す。
『それは何か突然の、衝動的な決断に達した人間のふるまいだった。ある事柄に関して心を決めはしたものの、迷いや疑念もまだたくさん残っていて、決心がいかにも危なっかしいために、一瞬でも立ち止まってふり返りもう一度私の姿を見てしまったら、決意がーそれがいかなる決意であれー揺らいでしまうことを恐れていたのだ。』
一瞬の風景も、うっとりするような文章で読ませてくれる柴田元幸の秀逸な翻訳も健在。
日本翻訳文化賞受賞、おめでとうございます。
[PR]

by bookswandervogel | 2010-11-13 19:20
2010年 11月 06日

「お別れの音」

b0145178_13353466.jpg
青山七恵の作品の魅力を、人にどう伝えたらよいか、とても悩む。
デビュー作の『窓の灯』に心動かされて以来読んでいるけれど「ここの、こういうところが、」という具体的な部分も、全体の持つ作風の魅力も、言葉に出してうまく伝えられない。

そして今回のこの本も、人にどんな風に薦めたらよいのかわからない本だ。
だって何も起こらない。
その「何も起こらなさ」がいいのだ、とはお薦めしにくい。

物語はだいたい読んでるうち「こうきたら→こうなる」という無意識に展開を予測するもので、推測が当たれば「やっぱりー。」となり、外れてうまく裏切られたら「そうきたか!」と膝を打ったりするものだ。

けれど青山作品はどちらにも当てはまらず、やっぱりと頷く大きなヤマもなく、どんでん返しもなく、膝を打ったりする機会も場面ももちろんない。

だけど私は読んでしまう。何の期待もしていないのだが、あの不思議な文章を確認したくなる。ページを繰る手は止まらず、しかも短編なのであっという間に終わってしまう。大きな感慨は残らないが、その後何日にもわたって残像のようなものが確かに残る。

『お別れの音』という表題作はない。
短編それぞれに出てきた若いOL、その先輩、靴修理の男、学食で働く主婦、うどんばかり頼む女学生・・・。読んだあと、いろいろな場面でふと思い出すこれらの人と人との関係性が気になり、果たしてその「間」にお別れの音が響いていたのだろうか?とその後のゆくえさえも気にかかる。
振り返るとやっぱり面白いと思って読んでいる。
でもいったい・・なんと伝えたら・・いいのか・・。
[PR]

by bookswandervogel | 2010-11-06 09:13