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2011年 03月 30日

「ブーベ氏の埋葬」

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物語の始まりが特にいいと、早くこの続きを!とワクワク感が自分の読書ペースを急き立てる。

平和が戻った第二次世界大戦直後のパリ。8月の光溢れる朝、セーヌ河岸の古本屋でいつものように版画を眺めていたブーベ氏が何の前触れもなくゆっくりと倒れ、息絶える。
長年独り暮らしをし、年金で慎ましく暮らしていたブーベ氏。
住み慣れたアパルトマンの優しい住人たちの手で葬儀を執り行い、埋葬される予定だった。

ところが、その朝の古本屋での写真を偶然カメラに納めた者が居た。
新聞にその写真が載るや、身寄りが無いと思われていたブーベ氏に妻、娘、妹、会社の共同経営者・・・と次々に名乗る者が現れる。
そして遺体が安置されていた部屋が荒らされ、ベッドの下からは大量の金貨が発見される。
いったい彼は何者だったのか?

穏やかな佇まいの老人は、はじめから老人ではなかった。(当たり前だけど)
やがて名乗り出た人々の証言から、若く心も体も逞しく未来に溢れていたブーベ氏の過去が明らかになってくる。

様々な顔を見せ、どれが本当だろうかと惑わされるが、皆それぞれが自分と居た時の彼が一番幸せで、本当の彼の姿だ、と疑わない。
死んだ一人の老人の過去に、たくさんの人が関わりドタバタを繰り広げるが、口元に笑みさえ浮かべて亡くなったブーベ氏はさて、どの人にも媚を売らず、固執せず、我関せず そして真相は明かさず、ただ一人幸せそうなのである。
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by bookswandervogel | 2011-03-30 01:15
2011年 03月 26日

「不運な女」

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あまりのことに頭がぼんやりする。
毎朝目覚めては 夢だったのか現実だったのかとほんの少しの間逡巡し、あぁ現実なのだったと落胆しては一日が始まる。

ずっと昔に読んだブローティガンの『不運な女』。なかなか晴れ間が現れない曇天のような、この本。
一人の男が、女友だちの「死」に寄り添いながら旅をする。アメリカを中心にサンフランシスコ、カナダ、アラスカ、ハワイ...。彼は旅の先々で目にしたもの、出会った人を面白そうでも、つまらなそうでもない語り口でぽそりぽそりと語る。
本当は バークレーで自死したその彼女について、何らかの意味や理由や結論を問いたいのだ。少しでも、ほんの少しでも彼女に近づいて理解をしたい。
けれど旅が進んでも、ふと思い出したかのような「ふり」で、彼女のことは断片的に語るのみ。彼女の名前すら出て来ない。彼女についての、選んだ死についての核心には触れぬまま、旅先での記述は終わる。

意味あることのように語られた旅先での出来事は放り出されたまま、読み手も「彼女の死」という事実だけが頭の後ろ側にぼんやりと重く残る。

人が居なくなった後に残るのは、大きな 到底埋めることができない大きな穴ぼこだ。
近しい人はなおさら。けれど少しでも関わりのあった人にも、また会ったことの無い人にさえも、穴ぼこは空く。
誰もが経験した事のない「死」について理解に苦しみ、そして今まだここに居る「私」の不思議を感じる。
大きな穴ぼこの前で立ち尽くす、たくさんの人をひとりひとり ぎゅうっと抱きしめたい思いにかられる。そして私自身の不安も、今ここに居る不安を、ぎゅうっとすることで和らげられたらと願うのだ。
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by bookswandervogel | 2011-03-26 21:29
2011年 03月 10日

村上春樹『雑文集』

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毎日、本が一冊でも多く売れることを願って店頭に立つ。
昔は様々な種類が飛ぶように売れたそうだが、今や飛ぶように売れる本はテレビでタレントが紹介した本くらいだ。それも50代〜60代の中高年と芸能タレント好きな若い20代向けが、どっかん!と売れる。

もっといい本あるのになーと、その度思う。
『どうせロックはありゃしねえ 演歌やジャリタレばかりじゃないか』(『ロックン仁義』)と清志郎のようにやさぐれたりする日も少なくない。

だからこそ、心動かされる作品に出会うと非常に励まされる。どっかん!と売れる本を横目に、自分がいい!と思った作品が1冊1冊、地味に売り上げを伸ばす姿にじ〜んとくる。

ところでこの『雑文集』。「お正月の福袋を開けるみたいな感じでこの本を読んでいただければ」と著者は書いているが、様々な方向へと向けられた文章で、短いコラムから長いものまで雑多に詰め込んである。
なかでも、牡蠣フライについて語ることで本当の自分とは何か?を探ってみようとする試みは、この本の内容をぎゅっと説明している部分でもある。「僕は牡蠣フライというものを通して、うまくいけば僕自身を語りたいと思うのだ。」
様々な方向へと向けられた文章全体で『村上春樹』を形作っている。

小説とはなにか?小説家とはなにか?を語った部分があちこちに散りばめられている。小説家がどんな思いで作品を作り上げているのか、生み出す物語に対しての真摯な取り組み、世に放った作品への葛藤や希望。
クールでクレバーな印象の強い売れっ子作家の、物語の持つ力を信じようとするこの熱い文章は、一介の書店員でしかない私の心にはじ〜んとくるものでした。そうだ!信じた作家の大切な本を1冊1冊確かに売っていけばいいんだ、と勇気と希望を(大げさ?)与えられました。

国内外で批判を浴びたエルサレム賞の授賞式に出向く際、ビデオで映画『真昼の決闘』を何度も繰り返し見て、それから空港に向かった というエピソードは、熱くなるものと純粋さがこの著者の最大の魅力だったと再認識し、これまたじ〜んと胸に沁みるのでした。
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by bookswandervogel | 2011-03-10 02:04