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2011年 06月 28日

「身も心も」

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光文社 テーマ競作『死様』シリーズでもう一点。

本の1ページ目から素敵なはじまりを予感させるボーイ・ミーツ・ガール。
けれどこの物語のボーイは6年前に妻に先立たれた礼二郎、75歳。

家に籠りがちな礼二郎は息子夫婦に薦められ、老人クラブの絵画同好会に入会した。
そこで身のこなしが軽やかで魅力的な65歳の幸子と出会う。
ひょんなことから絵を交換することになった真冬の公園のベンチで、互いの身の上を初めて話し、礼二郎はそれまで言葉にすることの出来なかった妻の臨終の時の自分の気持ちや、その後の喪失感までを思いがけず吐露してしまう。熱心に耳を傾けてくれた幸子に礼二郎は惹かれていくが、独り身の幸子は謎の多い女性だった..。

字も大きく、長さも中編、といったところだけれど、礼二郎と妻の関係、高齢期の男の悲哀、幸子の波乱に満ちた過去、高齢者の恋・・・と読ませるテーマが盛り込まれているにもかかわらず、書き過ぎていない上品さがあり、上手いなぁと唸らせる。

前作の『二人静』も『君がつらいのは、まだあきらめてないから』も、人の人生がゆっくり終末に向かっていて、一般的に言ってあまり明るくはない方向に進んでいるにもかかわらず、何か小さな光が同時に芽生えてくる、というとても表現の難しい しかし希望のある物語を、続けて盛田さんは描いている。

畳み掛けるようなラストは圧巻。それまでの文章とリズムが全然違って、読む手にぐっと力が入る。
命の最後のスパークを見たかのようだった。
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by bookswandervogel | 2011-06-28 23:58
2011年 06月 18日

「翼」

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光文社が企画した、作家6人によるテーマ競作『死様』。
その中で光っているのはやはり白石氏。
なにがすごいって、テーマが死様だろうがなんだろうが、これはこの人にしか書けない!という仕事をきっちりやり遂げている。
本自体は中編といえるくらいの長さだけれど、これぞ白石一文の小説!というストーリーがぎゅうっと詰まっていて、読み終えて拍手してしまったほど。

光半導体営業部課長代理を勤める里江子という女性が主人公。(白石氏の小説の主人公は必ず才色兼備だ。でもぜんぜん嫌じゃない。)彼女は十年前に親友の恋人である岳志から、ほとんど初対面にもかかわらず結婚を申し込まれた。唐突で無謀な話に応えることなく、里江子自身の転勤や、親友と岳志の結婚などで疎遠になっていたが,ある時東京に戻って来た里江子は偶然に岳志と再会する。驚くことに、結婚し子供までもうけた岳志の気持ちは全く変わっておらず、里江子と離れた十年の間にさらに確信を深めたと言う。

岳志のエキセントリックな発言や行動に、里江子と同様にかなり戸惑うが、二人の周辺で明らかになる「人と人との、どうしようもない不思議な繋がり」を見ていくうち、感情のままに動く岳志を「どうかしてる」とは思わず、理解しだんだん許容している自分に気付く。

「私には、直感だの必然などという曖昧な表現で自らの行動を肯定できる岳志や朝子のような人間が理解できない。そもそも感情と直感は同じものなのか。もし違うのだとしたら、どこがどう違うのか。しかし、そうは言いながらも、心のどこかでそういった彼らの心性を認め、受け入れている自分がいるのも確かだった。」
孤独に慣れているはずの里江子と同じ目線、冷静かつ常識的に考えてきたつもりではあったけれど、すべて肯定はしないまでも、何か理論的ではない豊かなものに触れたような気持ちになった。

白石一文の小説、すべての物語が男女の愛を謳い上げている。
私たちはそうした物語に生涯心を奪われつづける。
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by bookswandervogel | 2011-06-18 17:22
2011年 06月 11日

「マイ・バック・ページ」

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高校生の頃、60〜70年代の洋楽を聴きまくった。
中でもビートルズとボブ・ディランの影響は絶大で、そこから派生した音楽を今も聴き続けているから、やはり彼らが居なかったら今の自分は居なかったなぁ...と言っていいほど。

あの頃の音楽シーンには、時代を象徴するようなスーパー・スターがたくさん居た。
『マイ・バック・ページ』の川本三郎氏も当時、海を超えたアメリカのカウンターカルチャーに憧れた若者のひとりだった。
私の世代はさらにその後。平和でぬるい学生生活を過ごし、「個性を磨く」ことを善しとする教育の中で、あの頃あの時代の『セックス・ドラッグ・ロックンロール』に単純に憧れた。音楽をひたすら聴くことが「個性を確立」できる手段のように感じていたのかも知れない。私がバイト代をがんばって貯めて、渋谷公会堂で初めて見たボブ・ディランは、もうすでに50歳のおじさんだったけれども。

1988年に出版したこの本が映画化されるにあたり復刊となった。映画や文芸の評論で知られる川本三郎氏が、こんな強烈な過去を持った方だとは全く知らなかった。
事件の記述も含めて、69年〜72年までの日本の、あの時代の空気をありありと感じ取ることができる。このような文章はやはり渦中にいた人だから書けたのだろう。
自己正当化しているだけではないのか・・?と自身でもあとがきで書いているけれど、愚行と失敗と、その後にずっしりと彼の内に残るしこりのような罪悪感が、朴訥とした拙い文章だけにより伝わってきて、じわじわと胸を熱くさせた。

『たしかに私たちにとってもあの時代は「いい時代なんかじゃなかった。」死があり、敗北があった。しかしあの時代はかけがえのない“われらの時代“だった。』
そんな風に言える著者に嫉妬し、また私は憧れる。

ディランの『マイ・バック・ページ』は「昔は良かった」と歌っているのではない。
「あの頃の私はいまより老けていて、いまの私はあの頃よりずっと若い。」と歌っている。
あの事件で亡くなった自衛官とその家族を思うと全く浮かばれないけれども、事件に関わった実行犯のKや川本氏は今の歳にして何を思うのだろう?と想像せずにはいられない。
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by bookswandervogel | 2011-06-11 02:12
2011年 06月 05日

「東京難民」

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福澤さんはホラーや怪奇小説で名手として知られている方ですが、私はずっと「そうじゃないほう」の小説だけ読んでいます。怖いからです。

でも今回は「そうじゃないほう」でもじゅうぶん怖い。リアルに怖い。

三流私立大学の3年生の修。ある日突然、学費の未払いを理由に大学を除籍されてしまう。仕送りも、両親との連絡も途絶え「なにがどうなってるの?」と帰ってみたら、実家は夜逃げしていて蛻の殻。
やむなく自活を始める修だが、借りていたマンションは追い出され、バイトは上手く行かず、借金は膨れ上がって...。

確かにガッツも無く芯も無くだらしのない修の性格が、あらゆるトラブルをさらに悪い方へと導いている節はある。けれど今の日本では、親にしっかり守られてのほほんと育ったこんな若者がほとんどだろう。ここに出てくる修が特別ではない。
しかし順調に学校を卒業し、就職してお給料がちゃんと出て、自分で生活できるようになり..とひと昔前は当たりまえに進んだ平凡な『自立』への道も、現実世界では足場が揺らいでいる。
何の心配も無く、親に守られ、のほほんと生きて来た若者が、もしも一歩足を踏みはずしたその先には、巧みに掘られた転落への穴がそこかしこに無数にあいているのだ。

修が金策に奔走して次々と関わるアルバイト(ティッシュ配り・ポスティング・電話のオペレーターに始まり、治験のバイトやゲイバーのウェイター、ホスト、日雇い等々)の裏側を垣間みながら、家も定職もお金もない状況になった時にまず雨風をしのぐためにはどうするのか?という、普段想像もしない最悪ピンチな状況を、修を通して自分も疲労を覚えつつ、何とか乗り越えようと必死に考える。

いったいどこまで??と救われない修の堕ち加減は容赦ない。
絶体絶命!のピンチの場面は、やはりこの著者はホラー作家なのだ..と思い出さずにはおれないほど身の毛がよだつ恐ろしさ。

アングラを描きつつ、それを自慢にせず嫌みもなく、ダークかつシビアな世界に主人公は生きているのに暗さがない。そしてヘタな自己啓発書よりどしっと心に響くものが読んだ後に残る。
これまでにない550ページ越えの長編だけれど、この作家の圧倒的リーダビリティはいつものこと。ついついのめり込んで読んでしまう。今回も一気読みでした。
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by bookswandervogel | 2011-06-05 22:03