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2011年 09月 20日

「月の上の観覧車」

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冒頭の『トンネル鏡』から、とても好みなシーンだった。私もあのトンネルの昼と夜が好きだ。
新幹線に乗る主人公は、短いトンネル 長いトンネル、入ったり抜けたりする闇と光の間に記憶が遠くへと飛んで 自分の人生を振り返る。

「視線の先から街並が消え、数分間だけの夜が訪れて、窓が鏡になった。」

窓に映る顔はくたびれた中年の男のものだが、かつて同じ窓に映った顔はひとつではなかった。
ふたつの時も。みっつの時も「私」にはあったのだ。

よくある回想の物語であるけれど、湿っぽく媚びてないのは、リズムの良い文章と、中年男が未来に向かってトンネルを抜けようとしているところ。

8篇あるうち、いちばん好きなのは『上海租界の魔術師』。
ある日突然一緒に暮らすことになった祖父は、戦前は上海に暮らし、そして職業は魔術師だった。
かつての華々しさは霞んで、家族からはお荷物扱いの祖父だったが、孫の「わたし」にはまばたきが止まらないほどのマジックを次々と魅せてくれる。

鳩が飛び出すマジックを目の当たりにした「わたし」は、幼い頃に死んだ母も出して見せてくれ、とせがむ。準備が必要だから、と一週間後に祖父が「わたし」を部屋に呼び「これからひと時、貴方を魔法の世界へと、誘わん」と見せてくれたものとは....?

戦前のきらびやかだった上海の場面はカラーで、対して「わたし」と一緒に暮らしていた頃はセピア色に見えるほど、回想の行き来がからまっているのに描き方が鮮明だ。
こんなおじいさんの孫に生まれたかったなぁと思うほど、かっこ良くてチャーミングで頼もしくて愛おしい。
「信じようと信じまいと、夢も現も、貴方しだい。それが魔術でござい。」

どのお話の主人公も、なにかをなくした過去を持ちながら生きている。
かつてなくしているけれど、それらを忘れないことによって、繋がり続けてもいる。
誰もが過去に戻りようがない。でも戻れないということは、明日しか来ない ということでもある。
それぞれの主人公が、なくしたものを忘れず、もしも・・だったら?を自問しつつ、明日にしか生きない。
暗闇のなかで繊細に光る月明かりのように、じんわり味わい深い小説でした。
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by bookswandervogel | 2011-09-20 00:50
2011年 09月 04日

「寒灯」

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夏はいかがお過ごしでしたか?
私は完全なる夏バテでした。夏バテって、本 読めなくなるんだなぁ...と新しい発見。

ぜんぜん読んでなかったわけでもないのですが。
すごく期待してた作家さんの作品に肩すかしをくらったり、仕事のことで沈んだり凹んだり。

8月を昨年同様すっ飛ばして、9月の一作目が『寒灯』。タイトル、もうすでに冬です。6月発売なのに。芥川賞受賞後の最初の作品集。

受賞後の作品がどう変わっていくのか...と誰もが思うところですが、やはり貫多は相変わらずどうしようもなく慊りなく根がスタイリストにできていた。
最後の『腐泥の果実』以外は、生涯唯一共に暮らした『秋恵ちゃん』シリーズなので、結末がわかっているだけに、貫多がいつどこでキレるのか?と水戸黄門の印籠が出るのを待つかのように読んだ。

ただ今回の作品は全体に、ちょっとうまく書け過ぎているというか、切迫感があまりなく、うまくまとまりすぎているなぁという印象が残った。衒った部分がやや感じられる文章に気持ちがしっくりこなかった。

「彼は、ようやく手に入れることが叶った女ー初めて同姓にまで漕ぎつける事態となった、この秋恵と云う女には、生来の病的な短気さ、最早矯正も利かぬ我儘駄々っ子根性に依る、小言を端緒とした暴言、そして暴力へと発展する流れはたまさかあるものの、しかし一方では常に離れがたき未練と愛しさも確とあり、彼女をかけがえのない存在として、絶えず感謝と尊敬の念も抱き続けてはいる。」

読み方はいろいろあるとは思うが、根底にあるこの部分を知っているからこそ 常にどうしようもない貫多を肯定していじらしく読めてしまうのだろう。
文章を書くことでなんとか世間とのおりあいをつける、さらけ出した部分を客観的に見ながら、さらにユーモア交えて表現するやり方は、結末がわかっていても読みたくなる常習性が高い。
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by bookswandervogel | 2011-09-04 02:13