2013年 10月 22日
誰もが小さい頃「人に嘘をつかないこと」を大人から教わった。嘘=悪という印象が強い。 また誰もが教わったにもかかわらず、嘘をついたことがない人なんて居ないのはなぜだろう。 人に悪意を持って騙す嘘はよくないが、「悪い嘘」とともに「良い嘘」もあるからだろうか。 ここに出てくる人たちは、だれかを騙そう貶めようと考えたのではない。みな良かれと思って嘘をつく。また自分に対して無意識についてしまった嘘もある。過去にあったことを捻じ曲げてしまったのだ、生きていくために。 だれもが物語の主人公を生きている。 周りにいる人は自分から見たらエキストラでしかないが、その一人一人は間違いなく自分の物語では主人公だ。 ある病を抱えた老人が、主人公としてうまくことを運ぶためについた人生最後の嘘は、周りの人たちには裏切りとしか捉えられない。良かれと思ってついた嘘に対して、それを知ったエキストラは一人、また一人と去ってゆき、一人取り残された主人公は、自分もエキストラの一人だったことに気づく。 「きみなしでは生きられない。洗濯物のためではないよ。-きみなしで生きられないのは、きみがいないとすべてに意味がなくなってしまうからなんだ。ぼくが人生のなかでやってきたことはすべて、きみがいるという前提のもとでできたことなんだ。」 嘘をついて人を惹きつけようとし、思いもしなかった事のなりゆきへと導かれていく。 以前の短篇集『逃げていく愛』(2001年)も印象深い作品が多かった。短篇でこれだけドラマチックに人の普遍的な部分を描けるなんて!と舌を巻く。登場人物の魅力も大きい。オーケストラのフルート奏者、初めての戯曲が公演される劇作家、引退した大学講師、いつの間にか妻のほうが売れっ子になってしまった作家、ある日、子や孫への愛が消え失せていると気づいてしまった老女・・・。 見落としてしまいそうな小さなエピソードを掬いあげ、たいへん真面目にそして滑稽に、軽妙な語り口で読ませてくれる人間讃歌。 いつしか自分が思い、考えたことのある人と人との違和感みたいなものをカタチにしてくれている気がする。 #
by bookswandervogel
| 2013-10-22 00:48
2013年 09月 13日
消しゴムを拾うときですら、どこかしら緊張してる。 自意識過剰で、自分だけにしかできないなにかを探したくてうずうずしている。 十七歳なんて、もうとっくの昔だけれど。そうそう。そうだったそうだった。 主人公まひるは高校2年生。つきあい始めた彼が落語家を目指しているのを知って驚く。 悩みも夢も違う仲良し4人グループはつかず離れずの良い関係良い距離だ。 けれど周りのみんなは、自分よりも高いところに居るように感じている。 きちんと自分というものの役割をこなしているかのような・・・。 まひるは自分の輪郭があやふやで、この世に存在しているのかさえ、時折あやしく思う。 いつか自分が死んだら?いれものがなくなったら? 高校生のきらきらした日々の描写と同時に、どこかさみしさや、死の匂いを感じさせる物語だ。 それでいて暗くならず、悲しみを踏まえた上での明るい未来が見える。 風景の描写がとてもきれいに丁寧に描かれているからだろう。 綺麗だと感動しながら、泣きたくなるような郷愁に襲われる。 そして読んでいるこちら側が、まひるの痛みをもうすでに経験しているということも大きいかも知れない。 青臭いだけの青春小説と一線を画するのは、作者の視線がすべてを俯瞰した高いところにあり、彼らを包む温かな抱擁を常に感じるところ。 まひるの父が言う。 「ある日突然、これまでの人生がなくなることだってあるんだ。昨日までの日常が永遠に続くなんて 、それこそ夢かもしれないぞ。」 十七歳を過ぎた私たちは、おそらくこれまでのどこかで胸を痛ませ、そのことを知っている。 『ばかみたいに幸福な時間だった。同時に幸福な時間は、少しのさみしさを連れてくるのだと、まひるははじめて知った。』 まひるの心の変化に、しんとする。その当時の自分の気持ちを思い出し、ただ浮かれてはしゃいで過ごしているだけではない彼らの、真面目でまっすぐな成長を本が終わるに連れて感じていく。 自分自身の青春期の恥ずかしさと後悔と懐かしさも、読んでいるあいだずっとそばにある。 #
by bookswandervogel
| 2013-09-13 01:24
2013年 08月 19日
アメリカ南部、フロリダ。1969年夏。ジト~とした気だるい暑さが全身を覆う。黒人差別は色濃く残り、未だやや『マンディンゴ』(75リチャード・フライシャー)状態な地域での気色悪い人間模様・・・う~ん、こういうの大好き!ジャンル分けすれば若者のひと夏の経験モノ、通過儀礼モノと言えようがその儀礼の内容が半端ない!夏の海のクラゲに刺されて死に掛けたり、惚れた色情狂の40女に○○されたり、ワニの解体ショーを目の前で繰り広げられゲロ吐いたり、兄貴が○○である事を最悪な状況で知ったり、色惚けの父親はイケ好かないババアと再婚すると言い出して形見である母親の指輪を勝手にババアにあげちゃったり、惚れた40女はヤバそうな変態野郎と結婚して沼地へ越しちゃうし、挙句の果てには死体を乗せたボートで川下り(ここ凄い!極め付けの狂気的ショット!)・・・ってどんだけ悲惨なひと夏だよ!・・・もうまともな人生歩めないよ!まあ40女に1回やらせて貰ったからいいか。安い化粧で40女をエロエロに演じるN・キッドマン、刑務所の面会所で彼女とエアセックスしてズボンに染みつけるJ・キューザック、モーテルで血塗れ尻丸出しで卒倒、その後アイパッチの新聞記者M・マコノヘー、グンゼのパンツ一丁で終始ウロウロしまくるZ・エフロン。みんな狂っててみんないい。実際にその場面で背景に流れていた、と言う感じでかかる当時の流行歌(なのかな)が全て心に響く。ラストクレジットもカッコイイ!間違いなく2013年のベストスリーに食い込む逸品である。 #
by bookswandervogel
| 2013-08-19 00:35
2013年 08月 16日
ハングオーバー!!!最後の反省会』(13)トッド・フィリップス 『ナイトピープル』(12)門井肇 『第十七捕虜収容所』(53)ビリー・ワイルダー 『高速ばぁば』(12)内藤瑛亮 『ペーパーボーイ 真夏の引力』(12)リー・ダニエルズ 『ジャッカルの日』(73)フレッド・ジンネマン 『妖僧』(63)衣笠貞之助 『怪猫トルコ風呂』(75)山口和彦 『ハングオーバー!!!』猛烈な二日酔いで目覚めたら前日の記憶が全くない!部屋ん中はメチャメチャだしトイレに虎がいたりする・・・一体何があったんだ!?謎を解明しつつ消えた友人を捜す・・・という設定が最高であった一作目。殆どその焼き直しであった2作目はテンションガタ落ちだったのでもう3作目はいいかな~と思いつつも観たらこれはイケた!前二作の骨子から解き放たれ、謎の犯罪組織に拉致られた友人(1作目で行方不明になった人)を救うための3人組の悪戦苦闘が描かれる。1、2作目で思いっきり暴れまくっていた脇役の犯罪者チャオが殆どメインといっていいくらいの活躍を見せていて、この人、強烈に可笑しい人なのですが何分にも悪人なので全編に渉って殺伐としたアクションの比重が高くなっていて(シリーズ初の死人も出る)その辺りの今までとのテイストの違いをどう観るかで評価が割れると思いますが、当方、命の駆け引きギリギリの所で提示される男の友情ってヤツにからっきし弱いのでかなり楽しめました。運命の糸に操られるかのように舞台はベガスへ移り(劇的に夜景を映し出すキャメラがイイ!)H・グラハムとの再会をサラリと描くなどシリーズファンへの目配せも抑制が利いていて好感度高し!過去に『スタスキー&ハッチ』という意外とシリアス度の高いポリスコメディの傑作を物しているT・フィリップスだけにこの犯罪映画的なシフトチェンジは実は望むところであったのでは。だけどこれじゃあ『ハングオーバー』じゃないんじゃない?というこちらの不満も例によってエンドクレジットの途中ですっかり解消されるっていうやり口もイイ!『ナイトピープル』しがないバーのマスター(北村一輝)バーに転がり込む謎の女(サトエリ)女の過去を知る刑事(杉本哲太)の3人によるハードボイルドな駆け引きがムードたっぷりに描かれる前半の何処に転がるのか解からないだまし合いという知性の高い映画ぶりが一気にブチ壊しになる間抜けどものハードな銃撃戦が延々と描かれる後半というハチャメチャな構成が実はキライじゃない。『スティング』みたいな事と『ヒート』みたいな事両方やりたかったのであろう作り手の熱い思いを買う。映画を転がすために終盤抜け作ぶりを発揮しまくる哲太の孤軍奮闘ぶりに泣け、組織からの裏切りにあいひとり静かに怒りを燃やす男(三元雅芸)にシビれる。『第十七捕虜収容所』ワイルダーらしい笑いとサスペンスが横溢する娯楽作だけど脱走に失敗した捕虜の死体が庭に転がっているのを集合させられた捕虜達が順繰りに隣にいる人に知らせるとか(そんなの目の前に転がってるんだから皆すぐ気付くだろ)スパイの合図(チェスの駒、電球)のこれ見よがしの撮り方とか、しょーもないほどあざとい映画作法が今観るとなんとも脳天気。スパイを炙り出してそいつをドイツ兵に銃殺させてる間に脱走って手口も何とも酷いけど、まあ古き良き時代のエンタメに野暮はいいっこなしってことで。『高速ばぁば』主役の女の子の面構えと映画全体の妙なザラツキぶりが強烈だった『先生を流産させる会』の内藤瑛亮の新作がホラーだってんで「おお~ピッタリじゃん!」と勇んで観た。閉鎖された廃墟にB級アイドル3人組が撮影の為に潜入するっていう手垢にまみれた設定の中に内藤監督らしい陰惨さが充満している!オープニングで三人組のひとりの女の子が別の女の子のジャージにホッチキスの針を刺しておいて怪我させるというイジメの描写をキッチリ入れ込み観客の心をいきなりドンヨリさせる。どこぞの公園で行われる殆ど観客のいないミニコンサートシーンも直視できないほど寒々しくてイタイ。廃墟に現れる化け物もこういう映画にありがちなわけのわからないものではなくかつてその施設で虐待を受けて殺された老人達の恨みの念がそうさせているという背景をキッチリ設定し、実際に虐待シーンをこれでもかと直截的に描き出すこの悪意に満ちた几帳面な映画作法!3人のアイドルを始め事件に巻き込まれた人達が悔い改めても命乞いしても全く報われる事なく理不尽なまでに非道い殺され方をしていく非情な展開も素晴らしい!高速で走るババアってのがイマイチ効果的に映画に作用していないのが唯一の不満。以下次回に続く(予定)。ひと言だけ『ペーパーボーイ』大傑作!! #
by bookswandervogel
| 2013-08-16 00:37
2013年 08月 06日
デビュー作『犯罪』そして2作目の『罪悪』ともに、私の中では最近の翻訳小説の大ヒット!であるフェルディナンド・フォン・シーラッハ。 多くは語らない無駄のない文章、けれど人間の愚かさ、哀しさと可笑しさを深く深く寄り添って描く文章は今回も変わらない。 物語はとてもストレートで前2作以上にシンプル。 本書は衝撃的な殺人の現場から始まる。新米弁護士ライネンがが受けもつことになったこの事件の被害者は、彼が個人的に家族ほど親しかった人物だった。それを知らずに国選弁護人として殺した犯人を弁護する立場に立たされたライネン。殺人事件としては犯人がすでに明らかなこの事件の裏側には、隠されていた驚くべき真相があった。 犯人のコリーニは、殺人を自供したものの肝心の動機は黙して語らない。 被害者との接点も皆目わからない。 はじめにコリーニの人柄がじわじわ語られ、その誠実な性格がわかってくると「では、なぜ?」という問いがに頭の中をぐるぐるするけれど、後半になって被害者との接点の謎が解かれたあと、今度は史実に基づいたもうひとつの謎が表れて驚く。 フィクションとノンフィクションを交差する、魅力な手法だ。 しかも訳者が記した「あとがき」を読むと、さらにずしりと重みを感じずにはいられない。 先日読んだ『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』の中の『姉妹の丘』でも同じテーマだったように思う。 「戦争時の決め事は果たして有効なのか?」ということ。あの混乱したあの状況下の判断は正しいものだったのか? 国も人種も宗教も関係なく、人としてどう生きるべきか?が目の前に突きつけられる。 権力によって正当化される物事の下敷きには、癒されることのない痛みを抱えるひとが必ず居るのだ。 どちらの物語も、感情を極力抑えた語り口。それがなぜだか反対に作用して気持ちをぐらぐらと揺さぶられる。思い出しては尾を引く場面が多かった。 しかし今までに実社会を変えてしまう小説というものが、果たしてあっただろうか? この小説がきっかけとなって、ある法律の再検討が始まったという事実。 恥ずべき過去に真っ向から筆で立ち向かった著者や、その後の動きに敬意を表すると共に、 その物語を読んだことで、大きな歴史の変革の一場面に居合わせたかのような気持ちになった。 #
by bookswandervogel
| 2013-08-06 00:02
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