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2011年 04月 20日

「そこのみにて光輝く」

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海炭市叙景での映画の評判と、小説を読んだ者の熱い思いが伝わったのか、この4、5月でなんと4冊も佐藤泰志の本が文庫化されることになった。これはほんとうにすごいこと。それまで購入して読める本は『佐藤泰志全集』(クレイン刊)と『海炭市叙景』(小学館文庫)しかなかった。どうかこの勢いで全部読めるようにして欲しい。
彼が函館の高校生だった頃に書いた作品までも、ぜひ読んでみたい。

この作品は『海炭市』の3年前、1985年に発表されたもの。
『海炭市』は冬から初夏までの話だったけれど、これは夏の話。じりじりとした夏の盛りが冒頭の一文からよみがえる。

造船所を辞めたばかりの達夫は、パチンコ屋でひょんなことから知り合った拓児に、家に来ないかと誘われる。拓児の家は開発で市が建設した真新しい高層住宅ではなく、板壁がところどころ剥がれたバラックだった。そこで達夫は拓児の姉・千夏と出会う。
この三人を軸として彼らの生活に、離れようのない家族や周りの人間が関わっていく。
貧困、厳しい労働、若さという危なさ、この世の理不尽。
そういったものを共感とやさしさに満ちた視線で佐藤泰志は描く。

読み始めてすぐから風景ができあがる。文章の表現を頭の中で映像に変換することが容易いのも、この作家の特徴だ。
防波堤にほど近いアパート、拓児の家に吊るされたコンブ、タオルで鉢巻きをした拓児の顔、たわわにつける夏のアジサイ、頭の上の鈍く揺れる太陽。じりじり、じりじり暑苦しい夏の風景が、いつか見たことのある風景のように現れる。拓児の家のじっとりした畳の匂いや湿気まで感じ取れるようだ。

『佐藤泰志作品集』に入っていたこの表題作。この小説の素晴らしさに感銘を受けたが、その第二部『滴る陽のしずくにも』が文庫版に収録され、日の目を見ることになるなんて・・・。
たからものが一冊、また一冊と生まれてくる瞬間を目の当たりにできてうれしい。
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by bookswandervogel | 2011-04-20 23:47


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