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BOOKS WANDERVOGEL

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2011年 11月 13日

「オリンピックの身代金」

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昭和39年夏。10月に開催されるオリンピックに向け、世界に冠たる大都市に変貌を遂げつつある首都・東京。この戦後最大のイベントの成功を望まない国民は誰一人としていない。けれど華やかな東京オリンピック開催の裏で虐げられた人々が存在した。
世紀のイベントを前に、東京オリンピックそのものを人質に取って身代金を要求するという事件が起こる。そのテロリストの正体とは?

高度経済成長期に於ける「光」と「影」が照らし出される。
東京と地方、富裕層と貧困層、学がある者と無い者が、事件の背景として綿密に描かれ、物語の大きな核がじわりじわりと伝わってくる。
また事件を犯人側、警察側の双方からの視点から描くことで、構成自体も光と影の効果をもたらしていて巧い!

この頃の日本、昭和30年代を題材にした作品というのが、とても好きだ。
悩んだりつまづいたりしても、誰も止まらない 誰も動きを止めない。ニートもフリーターもうつ病も、その呼び名さえ無かった時代。
その先に成功が待っていようと、墜落が待っていようと、人も国も時代にも生きる勢いがある。

若き孤高のテロリストの胸の内はとても熱く、自分の考える正しさに向かって真直線に突き進む。やっていることは過激なテロに過ぎないが、やはり読む側としても貧しい側につかないわけにはいかなくなる。読み進めるほど、労働者たちの悲しみ、怒り、もどかしさ、諦めがひしひしと胸に響く。

作風が毎度違う奥田英朗の中でも、どしん!と重い作品。
だんだんと明らかになる人物像、理不尽な時代への憤りとともに、オリンピックに日に日に近づく緊張感も相まって、ページを捲る手が止まらなくなる。

足すのではなく、引いたラストが著者らしいところ。国という大きな組織に立ち向かった男の孤独、悲しみや切なさがより際立っていた。
文庫解説は川本三郎さん。

# by bookswandervogel | 2011-11-13 23:55
2011年 10月 23日

「高山ふとんシネマ」

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読み終えて、他人な気がしない と思った。
いや、全然違うんだけれども、いちばん根っこの部分では違わない気がする。

今まで観た映画や読んだ本、好きな音楽、夢で見た話など、とりとめもなく書かれたエッセイ。ばらばらなようでいて、すべてフラットに見える というか、どれも高山さんの中では一直線上にあるもののように見える。

本を読むのも 大豆を茹でるのも 夢で見た話を一生懸命誰かに伝える、夜中に急に掃除を始めたり、映画観て泣いたり、わからないことをわからないままにしたり、がぜんぶ同じに並んでいる。

そう、わからないことはわからないままでいい。幸せな時間を過ごしているのに、なぜか切ない。確かなことなんて、この世にはひとつもない。正しいだけのことなんて、ちっとも興味がないの、と言っているかのような彼女の文章は、読んでいるこちらをふわあっと軽く持ち上げてくれる。

すてきなパートナーも、可愛らしいお母さんも、様々な友達も、たくさん高山さんの周りには居るのに、どこかひとりぼっちなイメージが拭えない。ひとりぼっちだけど、孤独とは違う。さびしがりや、でもない。

谷川さんの詩を思い出させるひと。

みんな知ってる 空をながめて
みんな知ってる 歌をうたう
だけどおれには おれしかいない
そうだ おれには おれしか いない
おれは すてきな ひとりぼっち
              (すてきなひとりぼっち/谷川俊太郎)

# by bookswandervogel | 2011-10-23 11:59
2011年 10月 09日

「プラナリア」

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先日ある作家さんとお会いした際に薦められました。
この方はいつもすごい読書量。たくさん書いてるのに、いつ読むんだろうか?会うたびお薦めを聞くのですが(こちらが書店員なのにお恥ずかしい・・・)これ読んでないなら・・といくつか紹介していただいた中の一冊。

どちらかというと面倒臭そうな女の人の話は避ける傾向にあるのと、「現代の”無職”をめぐる心模様」とどこかに書かれていたのを見ていたので、働くのが好きな私にはピンと来ないかも?と判断して読んでいなかった。

表題作『プラナリア』の主人公・ルンちゃんは乳がんの手術後、何をしても面倒くさく、興味を持てず、自暴自棄になってしまう。常にイライラしたり気分次第で周りを振り回したり。同情されたいし、されたくない、という複雑な感情を外に向かって当たり散らす。

なんと身勝手で我がままな・・とその振る舞いに呆然とするが、本当に病気になった人でないとわかり得ない、「辛く苦しいけれど、回復に向かってがんばります」という表向きではなく、いろいろなものを自己消化できない、どうしようもない袋小路に入ってしまう孤独な感覚は想像できなくもない。

2章目の『ネイキッド』
「私は自分がやがて立ち直って、また社会に出て働きはじめるであろうことは分かっていた。疑問を持ちつつもまた前へ前へと進んでいくのだ。それが何故だか分からないがとても悔しかったのだ。転んで怪我をしても、やがてその傷が治ったら立ち上がらなくてはならないのが人間だ。それが嫌だった。いつの間にか体と心に備わっている回復力が訳もなく忌々しかった。」

社会的な価値観に沿って生きられない焦りが全体に感じられる。
疑問を持ちつつ前へ前へと進んでいくのは、きっと彼女だけではないだろう。
働いている誰もが、頭のどこかに感じているもの。そしてぼんやり霞ませて見えないように努めている。でもそういうもの含めて「生活」かな、とも思う。

「どうして私はこんなにひねくれているのだろう」と書かれた裏表紙を見て、ああほんとにそう、ほんと面倒くさそうな人ばかり出てきた・・と振り返りつつ、正直自分はそういうことがないとは限らない、と重ね合わせて読んだ部分が無いとも限らない。(←じゅうぶん面倒くさい。)

# by bookswandervogel | 2011-10-09 23:48
2011年 09月 20日

「月の上の観覧車」

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冒頭の『トンネル鏡』から、とても好みなシーンだった。私もあのトンネルの昼と夜が好きだ。
新幹線に乗る主人公は、短いトンネル 長いトンネル、入ったり抜けたりする闇と光の間に記憶が遠くへと飛んで 自分の人生を振り返る。

「視線の先から街並が消え、数分間だけの夜が訪れて、窓が鏡になった。」

窓に映る顔はくたびれた中年の男のものだが、かつて同じ窓に映った顔はひとつではなかった。
ふたつの時も。みっつの時も「私」にはあったのだ。

よくある回想の物語であるけれど、湿っぽく媚びてないのは、リズムの良い文章と、中年男が未来に向かってトンネルを抜けようとしているところ。

8篇あるうち、いちばん好きなのは『上海租界の魔術師』。
ある日突然一緒に暮らすことになった祖父は、戦前は上海に暮らし、そして職業は魔術師だった。
かつての華々しさは霞んで、家族からはお荷物扱いの祖父だったが、孫の「わたし」にはまばたきが止まらないほどのマジックを次々と魅せてくれる。

鳩が飛び出すマジックを目の当たりにした「わたし」は、幼い頃に死んだ母も出して見せてくれ、とせがむ。準備が必要だから、と一週間後に祖父が「わたし」を部屋に呼び「これからひと時、貴方を魔法の世界へと、誘わん」と見せてくれたものとは....?

戦前のきらびやかだった上海の場面はカラーで、対して「わたし」と一緒に暮らしていた頃はセピア色に見えるほど、回想の行き来がからまっているのに描き方が鮮明だ。
こんなおじいさんの孫に生まれたかったなぁと思うほど、かっこ良くてチャーミングで頼もしくて愛おしい。
「信じようと信じまいと、夢も現も、貴方しだい。それが魔術でござい。」

どのお話の主人公も、なにかをなくした過去を持ちながら生きている。
かつてなくしているけれど、それらを忘れないことによって、繋がり続けてもいる。
誰もが過去に戻りようがない。でも戻れないということは、明日しか来ない ということでもある。
それぞれの主人公が、なくしたものを忘れず、もしも・・だったら?を自問しつつ、明日にしか生きない。
暗闇のなかで繊細に光る月明かりのように、じんわり味わい深い小説でした。

# by bookswandervogel | 2011-09-20 00:50
2011年 09月 04日

「寒灯」

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夏はいかがお過ごしでしたか?
私は完全なる夏バテでした。夏バテって、本 読めなくなるんだなぁ...と新しい発見。

ぜんぜん読んでなかったわけでもないのですが。
すごく期待してた作家さんの作品に肩すかしをくらったり、仕事のことで沈んだり凹んだり。

8月を昨年同様すっ飛ばして、9月の一作目が『寒灯』。タイトル、もうすでに冬です。6月発売なのに。芥川賞受賞後の最初の作品集。

受賞後の作品がどう変わっていくのか...と誰もが思うところですが、やはり貫多は相変わらずどうしようもなく慊りなく根がスタイリストにできていた。
最後の『腐泥の果実』以外は、生涯唯一共に暮らした『秋恵ちゃん』シリーズなので、結末がわかっているだけに、貫多がいつどこでキレるのか?と水戸黄門の印籠が出るのを待つかのように読んだ。

ただ今回の作品は全体に、ちょっとうまく書け過ぎているというか、切迫感があまりなく、うまくまとまりすぎているなぁという印象が残った。衒った部分がやや感じられる文章に気持ちがしっくりこなかった。

「彼は、ようやく手に入れることが叶った女ー初めて同姓にまで漕ぎつける事態となった、この秋恵と云う女には、生来の病的な短気さ、最早矯正も利かぬ我儘駄々っ子根性に依る、小言を端緒とした暴言、そして暴力へと発展する流れはたまさかあるものの、しかし一方では常に離れがたき未練と愛しさも確とあり、彼女をかけがえのない存在として、絶えず感謝と尊敬の念も抱き続けてはいる。」

読み方はいろいろあるとは思うが、根底にあるこの部分を知っているからこそ 常にどうしようもない貫多を肯定していじらしく読めてしまうのだろう。
文章を書くことでなんとか世間とのおりあいをつける、さらけ出した部分を客観的に見ながら、さらにユーモア交えて表現するやり方は、結末がわかっていても読みたくなる常習性が高い。

# by bookswandervogel | 2011-09-04 02:13